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スペクテイター〈39号〉 パンクマガジン『Jam』の神話

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スペクテイター〈39号〉 パンクマガジン『Jam』の神話
以下は、スペクテイター〈39号〉 パンクマガジン『Jam』の神話に関する最も有用なレビューの一部です。 この本を購入する/読むことを決定する前にこれを検討することができます。
僕もサブカルやアングラに興味があるからこの本も手に取ったわけだけど、正直に言えば一定の不快さを感じたのも事実だった。jamで最も有名なのはやはり山口百恵氏のゴミ公開という部分なのだと思うけど、ゴミも単なるお菓子の袋とかそういうレベルじゃないわけで。で、それについて(整合性を取るためには当然そうなるのだろうけど)今に至っても全然悪びれていないように読めた。どういうつもりでそれをしたのかは知らない。だが例えばそれを『一般倫理に従った枠の中で当たり前のことをやっていたって面白い物なんかできないんだ』、とか、『菩薩なんて言われている山口の実態を暴いてやる』とか、そういった感じの事情だったとしよう。だとすれば、なるほどそれはまともな商業誌ではできないだろうし、それをできるのは自販機本の強みだったのかもしれない。しかし、それをされた方(山口氏やその家族等)はどう思うだろう?と、そういうことを考える奴こそ良識に毒されたつまらない奴ということか?でも、『どう思うだろう』という疑問が存在したとして、それを否定することは誰にもできない。もし、上のような意気込み(建前)でもってゴミさらしを敢行したのなら、僕は彼ら編集部には自らのオナニー姿の写真を顔出しで掲載してほしかった。そうあったら、僕はそのゴミさらしの賛否は別としても、その心意気や覚悟や自らも身を切る清さに打たれるものがあったと思う。そうしたら本当に伝説の本にもなっていたのではないか。誰もそんなの見たくない?この場合、見たいとか見たくないとか関係ないだろうそんなことは。山口百恵氏の一線をも越えたゴミをさらすのなら、『俺らは筋を通すんだ、俺らも身を切るんだ』という、一方的であってもそういう心意気でテメーのせんずり姿だって公開できないか、と言う話なんだから、それはもう誰が見たいとか見たくないとかそんなことは関係ない話だ。他人の見られたくない(と言うか見られる等考えもしない)物を他人が一方的にひけらかすのなら、自分の見られたくない姿だって見せる覚悟を持つべきじゃないか、そうでなければやっていることに説得力がないんじゃないか。で、結局そんなことをするわけもなく、山口氏に対して自分勝手に嫌な思いをさせた上でスキャンダラスを生み出し名を売った。これって遠藤ミチロウが世間の目を振り向かせるためにライブ中に公開センズリしたこととか、リチャードジェームスが自分の腕に4REALとカッターで刻んだこととは種類が違う。彼らは自腹だ。ゴミ漁りやその公開もリスクはあるが、直撃する対象は他人だ。この事実についてjam側が卑怯の誹りを受けたとしてもそれはやむを得ないと思う。そしてその中心者は現在(スペクテイター取材時)半ば引退のような雰囲気を漂わせつつインタビューに答えているが、それに悪びれている様子はない。また、現状、林真理子に金を借り返さず、それに感謝を示しつつも、何か心のなかでは下に見ているようにも感じさせる、そういう雰囲気が滲み出す受け答え等もしている。どうもやっていることがイカさない感じでありつつ、それは人生いろいろあるので仕方ないが、しかしそれに対しても自己弁護的と言うか、どうしても何か言いたいのか結果的にどうもこう潔さを感じない。話は戻りその他のjamの記事だが、これらも若さゆえの前のめりなのかも知れないが全体的にスノッブな姿勢を感じ、時に面倒くさかったりもして。で、ここから出てくる主張は、例えばNirvana(カートコバーン)のような当事者としての切羽詰まった激情ではないように思えた。勝手をしながら理屈を並べて自らの反社会性を肯定し、肯定させ、世間にイッパツ喰らわせてやろうというような姿勢に感じたのだけど、それって本心から自らをむき出しにして丸腰の玉砕覚悟で突き進む姿勢とは違うような感じがする。革新的な体(てい)を持ち、突き進んで行った部分は確かにとてもあると感じる。異常なニオイ、異端の香り、スカムでパンクな雰囲気が漂っていてとても興味深かった。だから僕も気になっていて、だからこの本を手に取った。すごく気になっていたから。でも思うんだ。この勝手や理屈の海には無責任さや居丈高さはあってもフリチンがない。そして、僕が信じる全身全霊の燃え煮えたぎる表現には身を切ったフリチン、フリマン、あるいは己の血が大いに必要なんだ。この歴史はこれはこれで興味深かった。でもここには偉そうな理屈が多い反面、実際フリチンしなかったし、自爆覚悟のチンマン出しではないように思えた。繰り返しになってしまうが、編集者が自分らのせんずり写真も掲載していたら説得力があったと思う。もしも『山口のゴミさらし』に匹敵するような、そういった何かしらを身を切って読者に見せつけていたなら、肯定できるかは別だが心を打たれるものがあっただろう。しかし彼らは一方を不意打ち的に晒しものにしながら、自らはハミチンすらしないのに挑戦的な態度を取り、全体的に上から目線で難解な理屈を並べているようにも感じた。そりゃリスクはあるよ。とうてい誰にでもできることではない。でも特定される赤の他人を傷つけたり晒したりするのは違くないだろうか。そして今も恥じることなし。僕にだって人に言いがたい汚い部分はある。でも度合いがちょっと違うと思うし、開き直ったような上から目線も僕には持てない。またそういう態度自体なれあえない部分がある。僕は窮屈な良識や薄っぺらな道徳とかは憎悪するほど大嫌いだ。だからそういう方向に与したいとは全く思わない。しかし自らを省みず他人に迷惑をかけたり罵倒したりしながら、己が主張だけは声高々に掲げることは正しいだろうか。それともそこまで突き詰めて熱く受け止めるべき物でもないのか。基本ジャンクでフェイクなんだからそう熱くなるなよ、ってことなのか。どうにせよ一部で伝説と称賛されていても、僕はその姿勢に説得力を感じることができなかった。そういう雑誌を作って出せる精力や気概とかは本当にすごいとは思うのだけど、その姿勢や内容にはあまり共感できなかった。しかし、こういう僕みたいなつまらない奴からつまらない難癖を付けられることなんか折り込み積みで、バカくせーってなものだろう。確かに僕はだいたいいつもつまらない。アングラサブカルの歴史の一部分にこういう事象があったという知識を得ることはでき、興味のある分野のことなので参考になった。

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